カナダのロックジャーナリスト、ミッチ・ラフォンによるギルビー・クラークのインタビュー訳・後編!
今回は、最初のソロ作でガンズメンバーが参加した経緯や、番組の共同ホストを務めているガンズの元マネージャー・アラン・二ーヴンと、ギルビーが若かりし頃を過ごしたサウスベイ時代の話をします。
M: ミッチ・ラフォン
A: アラン・二ーヴン
G: ギルビー
ガンズメンバーの参加は圧力!?
23:00
M: ”Pawnshop Guitars” では、ディジー・リードや他のガンズのメンバーも参加してたけど、あれは自然とそうなったのか、それともレコード会社から「売り上げを伸ばすために、ガンズのメンバーにも参加してもらえよ」というプレッシャーがあったのか?
G: その両方だね。
オレはアーティストとしてヴァージンと契約する前から、レコード会社お抱えのソングライターとして働いていたんだ。
その後、ガンズに加入して以降も彼らとは仲が良くてね。ある時、ヴァージンの連中がガンズのライブを見に来たことがあったんだ。
その時、いかにもレコード会社の連中が言いそうな調子で「「おぉ、スラッシュ。今度ギルビーがうちでソロを出すから、是非プレイしてよ」みたいな感じで誘ってたよ(笑)
まぁ、スラッシュはあの頃誰のレコードでも弾いてたけどね(笑)
という感じで、確かにレコード会社が誘った面もあったけれど、実際の彼らの参加は別にその話とは関係ないよ。
ただ、アクセルが参加してくれるとは思ってなかったから、あれはビックリしたな。
当初、彼には歌ではなくて「ピアノを弾きに来てくれるか?」とお願いしたんだけど、彼はピアノのレコーディングをワンテイクで終えると、オレの方を見て「歌おうか?」と申し出てくれた。
オレも「おい、マジか!?」という感じだった(笑)
まぁ、こういう感じでガンズのメンバーの参加は自然発生的なものだったけど、レコード会社からの声掛けも確かにあったよ。
アラン・二ーヴン&サウスベイ時代
25:15
A: カリフォルニアのサウスベイで過ごした少年時代に何か思い出はある?
G: オレが幼少期を過ごしたエリアは、Great White の連中なんかも出身なんだ。
あの町にも Fleetwood とか Sweetwater といったクラブがあって、そういう場所でもプレイしたことがあったけど、あの頃の十代のキッズにとっては、やはりLondon/ Motley Crue/ Van Halen/ Quiet Riot なんかがプレイしていたハリウッドで活動する、というのは大きな夢だったよ。
A: あの頃、僕はハモサビーチに家を持っていて、ドン・ドッケンと一緒に住んでいたんだ。
(*当時、アランはDokken もマネージメントしていたため)
隣に住んでいたのはボビー・ブロッツァーと住んでいたジョージ・リンチで…オレ達がどんな夜を過ごしていたか、想像出来るだろ?(笑)
G: オレはその頃に彼らと仲良くなって、Fleetwood でドン・ドッケンがGt/Vo、ホアン・クルーシェがBa、ボビー・ブロッツァーがDr というDokken のライブを見たことがあるよ。
あれは素晴らしいパフォーマンスだったよ。
A: 確かに、あれは良かったよな。
M: ボビー・ブロッツァーはものすごく過小評価されてきたドラマーだと思う。
僕が思うに、彼のドラミングは、RATT にとってスティーヴン・パーシーの声と同じくらい重要だよ。
G: そうだと思うね。
あと、オレが言いたかったのは、そのヴァージョンのDokken で、ドンがいかに優れたギタリストだったか、という点だ。
3ピースのバンドだったんだけど、ドンのギタリストとしての腕前には驚いたよ。
その後も、ジョージ・リンチが加入してどんどん人気が出ていく彼らの様子を見ていたけど、あの頃はそういった「レーベルとまだ契約していないすごいバンド」がそこら中にいたんだ。
終/
いかがだったでしょうか?
ギルビーは他のLAメタルの連中よりも遅咲きだったため、モトリーやガンズが世界中をあちこち飛び回っていた頃でも、割とLAで過ごす時間が長かったのかな?なんて思っています。
そんなギルビーの最新作からカットされた新曲 "The Gospel Truth" 、なかなか良い感じのロックンロールなので、気になる方はぜひ!
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