KISS の熱狂的ファンが運営するYouTube 番組に出演したダグ・アルドリッチ。
前二回の記事では、彼がKISS のオーディションを受けた時のエピソードをご紹介しました。
この動画の訳はそこで終わりにしようと思っていたのですが、後半をつまみ食いで聴いていたところ、また面白いお話が色々ありましたので、異例の全四回構成でお届けしたいと思います。
今回は、Dio 加入時のお話です。
I: インタビュアー
D: ダグ
Lion /BMR/ Burning Rain
1:10:20
I: Dioとの活動について聞きたいんだけど、彼はどんな人だった?
D: 彼は素晴らしい人だったね。
僕がまだLion に専念して活動していた頃、ロニーに一度誘われたけど断ったことがあったんだ。
Lion は、Whitesnake Jr. とも言うべきバンドだった。
I: 確かに。僕らも覚えてるよ。
D: ボーカル(カル・スワン)はイギリス人で、彼を通して僕はWhitesnake の初期のアルバムを聴くようになったんだ。
見た目もデヴィッド・カヴァーデルに似てたしね。僕はあのバンドでの活動にワクワクしてたし、実際良いアルバムも作ったと思うんだ。
I: 僕が思うに、Lion はいつも「ブレイクまであと一歩!」という位置にいたと思うんだ。
D: あの時僕らが交わしたレコード契約は、本当にありえないものだった。レコード会社は契約を交わしたっきり、それ以上僕らに予算を割くつもりが無かったんだ。
その契約から抜け出そうと何とか二枚目も作ったけど、結局バンドは解散することになった。
(*これ、多分途中からLionじゃなくて Burning Rain 時代の話になってる気がします・笑)
いつもイングリッシュパブ
1:11:30
解散前、僕がまだ自分のバンドでやっていくつもりだった頃に一度ロニーからの誘いを断ったんだけど、解散が決まった頃に再びロニーが「一度会って話をしよう」と連絡をくれたんだ。
この時には、僕もロニーとの仕事に乗り気になっていたよ。
彼はイングリッシュパブが大好きでさ、彼と会う時はいつもパブだったよ。
二回目に彼とパブで会った時、僕は加入を決意したんだけど、あれはクリスマス直後の12月26日、朝11時半だったと思う。(*時系列から考えて、恐らく2001年)
ロニーはその時、「今制作中のアルバムでソロを数曲弾きたいか?」と訊いてきたんだけど、僕は「ノー」と答えた。
するとロニーは一緒にいたジミー・ベインの方を見て「ダグなら弾きたいって言うと思ったんだが」というから、僕はこう答えたんだ。
「僕は一部のソロだけじゃなくて、全てのギタートラックを弾きたい」ってね。
すると彼は「素晴らしい!じゃあ、明日から始めよう」ということで、すぐにレコーディングに入ったんだ。
Holy Diver を目指したアルバム
1:12:00
彼は僕やジミー、周囲の人間からベスト・パフォーマンスを引き出すのが上手かったし、一緒に仕事をするのが楽しい人だった。
彼は既にレジェンドで、それこそ、僕は車の免許を取れる年齢以前から ”Rainbow On Stage” を聴いていたし、リッチー・ブラックモアの横で歌う彼を聴いて育ったんだから。
そんな彼と一緒に音楽を作るだなんてね…。
彼は “Holy Diver” のようなアルバムを作って、ある種のカムバックを目指していた。粗削りで、直球のヘヴィーメタルなサウンドでね。
僕らは実際それを上手くやったと思うよ。
続く…
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